何もなかったように結花が話しかけてきた。
「夏香さん、曲者でした。貰えなかったので、希咲さん、私たち友達では、いいですよね」
吸い込まれそうに、なるけれど大丈夫。
結花とは親友ではない。
夏香が色々言ってくれたから、言える。
「うん。友達ね」
「ふふ」
結花は私の手も握らず、触れもせず去っていった。
何も触れていないのに、シュートが入ったみたいな感覚がした。
自分で得点をしたときのような。
「希咲ー、無事か。帰ろうぜー」
夏香だ。久しぶりに二人で帰る。
けれど、幼馴染って言っていたな。それ以上でもないって。
私だけ親友だって思っても親友じゃないのかな。
亜由実と3人だったから仲良かっただけなのかな。
そう思うと夏香が少し遠くに見えた。
あれ、夏香ってこんなに背高かったっけ。
夏香が今日のクラス対抗リレーで出遅れた理由を話していた。
「耳じゃなくて目で見た方が早いかと思ったけど関係なかったわ」
「ねえ」
私は遠くなった夏香に話しかけた。
何を言うつもりだったのだろう。
私たちって幼馴染だよね、それから親友だよねって段階を踏んで確認するつもりだったのか。
それとも結花に話した内容ってどう言う意味とでも聞くつもりだったのか。
「お? 珍しいな希咲からなんだ? 」
吸い込まない、透き通ってもいない。ただそこにある眼差し。
「あ、えっと、あの、今日先輩、元キャプテンと話したんだけど、私キャプテンに推薦したんだって」
「慌ててすぎだろ、俺相手だぞ。どうした? 」
いざ親友だと思って話そうとすると言葉がうまく出てこない。
「でも、元キャプテン彼氏ができてて、彼氏と写真撮ってて」
「お? おう」
「部活のみんな彼氏が欲しいって言うんだ、あ、後輩以外」
「おう」
「てか、クラスとか他のクラスとかみんな彼氏彼女騒ぎすぎだよね。全部、恋なのかな。部活より恋がすごいみたいに。恋のためにみんな頑張っているのかな」
「どうした? そんなことないと思うぞ」
「そんなことなくないって、亜由実だって」
一度声に出したら、全部出してしまうのが私の悪い癖だと言うことに今、気がついた。
「亜由実だって、彼氏作りに転校したのかな」
「は? そんなわけなくね。希咲どうしたんだよ」
夏香の声が低くなる。ちょっとだけ、怖い。
「はは、そんなわけないか。そんなわけないならなんでみんな恋の中に私を押し込めようとするの」
「そんなこと、ないだろ」
静かな夏香は嫌いだ。なんでもない話で返してよ。
「気になるなら、聞けば良くね」
「え? 」
そんなことできない。それでそうだったらどうするつもりなのだ。
「希咲、やっぱ亜由実がいなくなってから変だよな」
変なのではない。
私は怖くなったのだ。
ある日突然、親友だと思っていた関係が変わってしまうことが、ある日突然キャプテンになることが、ある日突然恋で全部が肯定されてしまうことが。
これまでそうだったのに、今日気がついたから、今日が怖いのだ。
「変じゃない」
「いや、変だって」
「変じゃないって」
「じゃあ、亜由実に聞けばいいだろ。そういう仲じゃなかったのかよ」
そんな言い方しないで。
親友なら、そんな言い方しないで。
じゃあ、って、なんのじゃあ?
「しゃーねー、俺が聞いてやるよ」
夏香は自分の携帯を取り出すと電話をかけ始めた。
「え、ちょっと、何しているの」
私が打てなかったメッセージ。私が打たなかったメッセージ。私の言えなかったこと。
夏香は簡単に超えていく。
「あ、亜由実? 今、大丈夫か? ああ、そう。今希咲と一緒なんだけどなんか変でさ、ちょっと話聞いてやってくれ」
「希咲ー? 久しぶりだね、どうしたー? 」
亜由実だ。
頭で思い出していた声と響き合う。
亜由実だ。
「えっと」
「さては、なんかあったなー。なんかなきゃ電話なんかしてこないか」
「そりゃそうだろ、亜由実いなくなってからすげー変なんだぜ希咲」
「えー、私がいなくて寂しくなっちゃったかー」
「そう」
『え? 』
二人の声が揃う。
「私、寂しくて。何度も亜由実にメッセージ送ろうと思ったんだけど。送れなくて」
かつてあった安心感に任せて言葉を吐く。
「そうだったんだ」
「希咲、それもあるんだろうけどさっきと言ってたこと違うだろ」
夏香が私の方をじっと見る。
「亜由実は、彼氏作るために転校したのかだってよ」
「はー? 何をどう拗らせたらそんなことになるわけ。そんなわけないじゃん」
「だよな。ほら希咲」
「違くて」
「何が違うんだよ」
「亜由実は恋愛とかしないと思ってた。そんな話一回も聞いたことなかったし、バスケの話しかしなかったし」
「あー、うん。そうだねー、実際あんま興味ないし」
「じゃあ、なんで彼氏とのツーショットをアイコンにしたの」
「は? そんなことで、希咲まじかよ」
「バスケやるって、言ってたじゃん。バスケしてるのかもわからないし、亜由実がいたら私キャプテンやらなくて良かったかもしれないし、後輩には怪我させるし、双子にこんなに怯えなくて済んだのに」
「えーっと、話が見えないんだけど。夏香翻訳して」
「いや、俺もそこまでわからんけど。亜由実が転校してから、双子が来たんだよ」
「それはメッセージで聞いた」
「そうだよな、えっとその双子がバド部に入ってきて」
「そこも聞いた」
「じゃあ、なんだ。体育祭で二人三脚とかやったわ」
「あんたも、意味わかんないのやめてよ。希咲、一つ一つ言って」
「うん。私、キャプテン、やりたくなかった」
「希咲がキャプテンなんだ。それはそっか」
「亜由実がいたらキャプテンやらなくてよかったのに」
「えー、それはわかんなくない? 私キャプテン向いてないし2年生の、あ、今は3年生のキャプテンなら私より希咲選ぶんじゃない? 」
元キャプテンが言っていたことと同じだ。
「まあ、聞けって」
「うるさいわね、聞いてるじゃない、一言多いのよ」
「後輩に怪我させて」
「後輩? あー、あの体験入部で希咲がきっかけで入った子だ、そう? 」
「そう」
「よく知ってんなー、さすが。俺知らねー」
「その子に怪我させたの? わざと? 」
「わざとなわけない。亜由実がいるつもりでパスしてただけ」
「私いないのに、私いるつもりでってどういうこと」
「あれじゃね、二人で練習してた連携の話じゃね」
「あー、あの連携ね。懐かしいー、もうこっちじゃやらないからなー」
「後輩に怪我させた」
「そこがわかんないんだよなー、どういう意味? 夏香わかる? 」
「いや詳しくはわからんけどなんか吹き飛ばしたらしいってのは体育館で騒いでたの聞いたな」
「吹き飛ばした? 希咲、事実を話して、あなたは何をしたの? 」
「パス出した」
「それで? 」
「パスが強くて、後輩が取り損ねて手首捻挫した」
「なんだ、よくある話じゃない」
「よくない! 」
「えー、夏香何がよくないと思う? 」
「話繋げると亜由実がいるつもりで出したパスが後輩を怪我させたってことじゃね」
「はー、考えすぎでしょ」
「俺もそう思う」
「二人は後輩のこと知らないから」
「知らないけど、パス取り損ねて突き指とか捻挫なんでバスケやってたらあることでしょー」
「それと双子」
「双子が、どうしたの。というか、その双子なんなの? 」
「バド部に入ってきた双子だよ」
「それは聞いた、設定盛りすぎな双子でしょ」
「二人とも近い」
「やっぱかー、しくじったー」
「どういうこと? 夏香説明」
「いや、なんか姉と弟なんだけど、姉の方がめっちゃ距離近いんだよ。手とか平気で握るタイプ」
「えー、私も希咲の手握っていたけど」
「そういう感じじゃねえんだよ、もっと怖いタイプの」
「まあ、いるわねそういう子」
「帰り道がなくなった」
「帰り道? 相変わらず言葉が出てこないわね、希咲は」
「俺も久しぶりにちゃんと声聞いたぞ」
「あんたがもっと聞かないからじゃないの」
「違うって、その双子の姉が近すぎて話せなかったんだよ」
「はー、なるほどね。弟の方は? 」
「弟はまあ、いいやつだよ」
「夏香に聞いてないのよ」
「二人三脚して」
「それ、なに? 」
「今年から増えた体育祭の競技だよ」
「あー、そうなんだ、意外とすぐ変わっちゃうものね」
「近くて息が合うんだけど違くて」
「そう、そうだったの? 」
「まあ、そうだよ。俺と希咲の方が息ぴったりだと思う」
「あっそう、それが嫌だった、と」
「みんなうるさい、幼馴染で恋愛とか、双子と恋愛とか」
「あー、それかー。そんなに言われてるの」
「クラスだとまあまあまあ、なんか言ってるやつはいる」
「てことは、部活でも言われてるわね。ゴシップ大好きだしね」
「それ、いや」
「しょうがないところあるわねー。言い返す訳にもいかないし」
「先輩も亜由実も彼氏作って恋愛した」
「そんな悪いことみたいに、でも私もわかるわ。私たち3人でいるときも言われてたしね。逆に彼氏作ってやろうかと思ってたし。そんな余裕なかったんだけど」
「3人のときは気にならなかった」
「そうだったんだ、急にキャプテンになって私もいなくなって双子きてそれだけでキャパオーバーだったのかもね」
「夏香が寂しそうじゃない」
「は? 俺? 」
「亜由実と3人で帰ってたのに寂しくなさそうに」
「え? 2人で帰ってないの? 」
「いや、帰ってたんだけど双子と4人のときも多かった」
「それは夏香が悪いわー。2人で帰りなさいよ」
「ああ、まあそうなんだけど同性の方がわかることとかあるかなとか」
「それが距離感近いタイプだったんでしょ。夏香が悪いじゃない」
「おい、俺のこと責めんなよ」
「寂しそうじゃない」
「それ、なに? 私が転校して夏香が寂しがってないってこと? 」
「そう」
「寂しがる訳ないじゃない、だって、はあー、もう言うこといっていい? 」
「まだじゃね」
「私に、転校の、相談なかった。親友って言ったのに」
「あー、それは私が悪いわ」
「ほれ、あんじゃねえか」
「うるっさいわね、一言余計なのやめなさいよ」
「親友なら相談してくれ良かったのに」
「確かにねー、でも私も私で急だったから希咲に余計な心配かけたくなくて、希咲ただでさえこうやってねじれるのに」
「それでも、相談して欲しかったんじゃね」
「そうよねー、それでこんなになっちゃってるんだから」
「夏香が私のこと幼馴染でそれ以上でもないって言った」
「は? いつだよ」
「話、してるとき」
「おい、まじかよ、希咲、聞いてたのかよ」
「なんの話よ」
「うーん、まあなんか色々」
「聞かれたくないならいいわよ、言ったのは事実なのね」
「言ったな」
「じゃあ、夏香が悪いじゃない」
「なんで言えば良かったんだよ」
「親友」
『え? 』
「親友! 」
「それでいいの、希咲? 」
「それでいいって何、わかんないんだけど」
「それって」
「亜由実がいなくなってから全部うまくいかない、夏香は双子とどんどん仲良くなって3人の時間を忘れちゃうんだ」
「あー、そうなの? 」
「部活一緒だからな」
「夏香、あんたね」
「責めんなって、俺悪くないだろ、てか誰も悪くないだろ」
「まあ、そうねー、私がいたらって思うかー」
「うん」
長い会話だった。まとまりがない。それでいて言葉にならなかったことの。
「希咲が真面目すぎるだけじゃね」
「夏香、あんたね、あんたがさっさと、はあ。まあ。全部私のせいでもいいわよ」
「それは違うだろ」
「夏香、あんたは誰の味方なのよ」
「そう、思いたくない」
「思いたくないのに、思っちゃうんでしょ」
私にとってこの距離感が一番良かったのだ。
「じゃあ、俺が思ってることも言っていいか」
「いいわよ」
「うん」
「希咲って結構平気で人選んでるよな」
「夏香、それ言っちゃう?  」
「ここまできたなら言う方がいいだろ」
「それも、そうね」
 二人が何の話をしているかわからない。
「希咲、ただでさえこの子は仲良くなれるかもこの子は仲良くなれないだろうって分けてるのがひどくなって、どんどんどんどん名前呼ばなくなってるぞ」
 私が仲良くなれる人となれない人を選んでいる?
 そんなつもりはない。誰とだって仲良くて、誰にだって愛想よくして。
 名前? 
 名前、は呼んでないかも。
「双子が転校してきて、仲良くなるかもってちょっと思ったから話してただろうし」
 結花と晴人くん、確かにそうだ。
 そう言われるとそんな気がしてきた。
「でも、そんなの誰でもそうじゃないの」
「そうだぞ、誰も希咲が悪いなんてってない。けどそのせいで名前、呼ばなくなってるだろ」
 夏香が本気の目をする。
 やる気を出したバドでしか見なかった顔だ。
 結花には見せなかった顔だ。
「俺のこと、名前で呼んだの最後いつだよ。ずっとあんたあんたって言いやがって、俺は夏香だぞ」
 そう言えばいつから名前を呼ばなくなったのだろう。
 亜由実が転校してからだ。
 亜由実がいなくなって、もう誰でもいいから親友の穴を埋めてほしいって思った。そう思っていたけど思いたくなくて、みんな拒絶していた。
 結花も晴人くんも、後輩も、夏香も。
 あれ、後輩は名前何ちゃんって言うんだっけ、私一回も名前で呼んだことない。
 誰かを亜由実の代わりにしようとしたくせに、私が誰のことも特別に思っていなかったのだ。
「な、夏香」
「お、ひさびさに聞いたな、な亜由実」
「私は二人の声久しぶりに聞いたんですけど」
「何だよ、ノリ悪。せっかく希咲が俺のこと名前で呼んだんだぜー」
「夏香が呼ばれたいだけでしょ」
「俺派じゃねえーのかよ亜由実は」
「私はどっちかっていったら希咲側に決まってるでしょ」
 電話越しなのに亜由実の表情が見える。
 こういう顔してるんだろうな、こういい仕草したなとか思い出が亜由実を私の中に作ってくれる。
「希咲が平気で見下してるところあるの、私知ってるよ」
「え」
「希咲は相手の顔色選んで、選んでこの人は大丈夫だな、うん大丈夫になるまですっごく時間がかかる」
「めっちゃひどいこといってね」
「それでも、私はそうやって人のことをちゃんとみてる希咲のことが好きだよ、離れちゃったから何度もいうことはできなくなったしこれから忘れちゃうかもしれない。けど、好きだったよ」
 言われていることは胸に刺さるのに、亜由実の声は胸に響いた。
「私もみんなと離れたくなかった」
「亜由実、いやいつでもこうやって電話すればいいじゃんか」
「希咲はそういうことじゃないでしょ」
「いや、わかるけど、こうやって電話しながら帰ればいいじゃん」
「毎日は無理だよ。私にはこっちで友達もできたし、彼氏もできた。こっちのバスケチームもあるし、それが大事になっていくと思う」
「おい」
「それでも確かに私たちって本物だったよねって思い出すんだ」
 ネット社会になって昔より簡単に繋がれるようになったと言ったのは誰だ。
 私たちは遠くなった。遠く、遠く。
「私も、そう思う。夏香みたいにみんなバカじゃないからそんな簡単に戻れないところまできちゃってる」
「おい、そういうところ見下してるじゃねえか」
「私も、結花って友達できたんだ。向こうは親友だって言ってくられるんだけど、少し怖くて、でもこの子わかっている子だなって思って共感しちゃうの」
「親友ね、希咲は私のこと親友だと思ってた?  」
「思ってたよ」
即答する。
「そっか、私はいつも不安だったよ。バスケも後からやってきたのにどんどんできるようになって、私が3ポイントを練習するようになったの、ミドルでは希咲に勝てないって思ったからだよ。こんなできる子がどうして私のこと親友だって思ってくれてるんだろう、いつかバスケができなくなったら親友じゃなくなるのかなって」
知らなかった。あんなに近くにいたのに知らなかった。
私は本音を喋っていたつもりだったけれど、亜由実には亜由実の困っていたことがあったのか。それも私のせいで。
「ごめん、私」
「謝らないで! 希咲をせめたいわけないじゃない。希咲がいいやつで素直でちょっと人見下してるけど、その分人のことはちゃんとみている、そんな希咲だから親友になりたいと思ったの」
私もそうだ。私だってそうだ。
「私も、」
「だけどね。もう親友やめにしよう」
え?
どうして、今から親友に戻れそうだったのに。
「親友って言葉が、希咲を苦しめてる」
親友に苦しんでいる?
親友って苦しいときも一緒にいるもので、辛い時には分かち合うもので、それがいたら最高で、それに苦しんでいる?
「私たち離れたら親友じゃなくなるみたい」
「おいおい、言い過ぎだろ。二人ってそんな言い合ってたか? 俺と亜由実が言い合うのはわかるけど、二人って」
「それが変わっていってるの。希咲はキャプテンでバスケがどんどん上手くなって慕ってくれる後輩もできて、私は私でこっちで別の悩みだったりうまくいくことだったり、幼馴染だからわかったことがもうわからないんだ」
 それは、その通りだ。
「だったら、メッセージしてよ、電話とかしてよ、仲良くよ、できねえのかよ」
「私、メッセージ下手なの。いつ送ったらいいかわかんないし、送る意味とかないなとか思っちゃう。彼氏にも怒られた」
「なんでもいいだろ、なんでも話せたのが俺たちじゃねえのかよ」
「なんでもを、わかりあう時間が足りないの、三人で帰った帰り道はもうないんだよ」
「亜由実、言い過ぎだって」
「わかってる、言い過ぎだって。でも希咲は優しくて素直で思い出を大事にしてくれるから、ここまで言わないとわからないでしょ」
「希咲、どうなんだよ」
話に追いつけていない。
私たちは親友じゃない?
もう私たちにお互いをわかりあう時間はない?
夕暮れは同じように見えて毎日、違っていることに気がついた。
変わっていくのか。
私も、変わっているのだ。
それがいいとか、悪いとかではなく。
変わるのだ、人と人の関係って。
それを知らないまま、これまでは亜由実が大切にしてくれたのだ。夏香が側に居てくれたのだ。
それに甘えていただけだ、私は。
「私は、亜由実ともっとバスケがしたかった。恋とかまだよくわかんないから、ちょっとずつ恋の話とかして、同じ大学で勉強したいことは違うだろうから別の学部はいるだろうけど、サークルとかでバスケ続けて、そこに夏香もいて。私は、そういう毎日でよかったんだよ! 」
「そうだよね、希咲はそうだ。でも、夏香はバカなほど男の子だし、私は彼氏ができたし、希咲も言ってくれる子がいたんでしょ」
「うん、いた」
「私たち、一生は続かないよ。幼馴染でいられる最後の時間だったことにあとから気がつくんだ」
「おい、そんなこと今言わなくても」
「私は離れてそれに気がついた。でも離れる前は一緒にいたいって思ってた。どっちも本当で、どっちも本当だから希咲は泣いているでしょ。希咲も同じ気持ちになったから泣いているんでしょ」
どうしてわかるのだ。
親友じゃないって言ったくせに、私が顔いっぱいに涙を滲ませて、我慢しながら聞きたくもないことを親友に聞かされているのに、親友じゃないのに。
「私たちはもう親友じゃないよ」
「亜由実、だから!  」
「夏香もわかってるんでしょ。わかってるのにバカなフリするのやめたら? バカなフリじゃなくて泣いてる女の子を抱きしめるくらいしてみなさいよ」
「は、お前な」
 私は電話を持っている夏香に駆け寄る。
 私が夏香の胸に飛び込んだ。
「ちょっ、希咲? 」
「はい、頭でも撫でる」
「いや、無理だって」
「あんた、希咲のこと好きなんでしょ。だったら今大事にしなさい」
「はあー、もう、わかったよ」
 夏香が頭を撫でてくれる。
 嫌じゃない、むしろ気持ちが落ち着く。
 親友だよって言われた、親友に泣かされて、親友だよなって顔してくれてる親友の胸でなく。
 意外と鎖骨が出っ張っていた。
「夏香、鎖骨痛いんだけど」
 私は涙交じりに無茶を言う。
「は? 文句言うなよ、仕方ないだろ」
電話越しに亜由実が笑っている。
「二人もう付き合っちゃえば?  」
「教室みたいなこと言わないでよ」
私は信じていた友達が知らない人の顔して隣の席に座っているみたいに思った。
「いや、適当に言ってるんじゃなくて、幼馴染です、親友です、で通すには無理があるって」
「お互い好きでしょ?  」
 私はわからない。友達と恋人の違いがわからない。
 夏香は何も答えない。
「じゃあ、お互い彼氏彼女が知らないところでできていいんだ」
『それは違う!  』
 私と夏香の声が揃う。不思議と嫌ではないって思ってしまう。
「ほら、お互い嫉妬まみれなんだから。この先、誰かに取られるくらいなら付き合っちゃいな」
「は、んー、希咲はどうする?  」
 私に聞くな。私も知らない。
「そうやってウジウジして、機会逃して、なんで付き合わなかったんだろうねってクラスの人たちに言われるのと、付き合って誰にも取られない保証がされてクラスにいるのどっちがいい」
「どっちも嫌だよ、普通に」
これは夏香が嫌なのではない、クラスが嫌なのだ。
「夏香はまあ、置いておいて、希咲はさ、誰かに言われるのが怖いだけでしょ。誰かに評価されるために幼馴染やってるの? 誰かに言われたから私たちは親友だったの? 違うでしょ」
それは違う。
「同じだよ。目の前の人に彼女ができて話してもくれなくなると思うとどう?  」
「嫌」
夏香と結花が一緒にどこかに出かけ、知らない話をして、二人で笑っている時間を想像するだけで許せない。
「それが恋だよ。限りなく愛に近い恋だよ」
本当に、亜由実は知らない人になってしまった。こんなこと言う人じゃなかった。けど、それが自然なんだ。
この抑えられないボールみたいな心臓の飛び跳ね方も自然なんだ。
ドキドキってより、ダムダムって感じなんだけど。
「おーい、俺の意見は?  」
「夏香は早くちゃんと好きって言いなさいよ。希咲はずっと親友としてみてるんだからね」
「いや、親友としてみてると思ったし、1番の親友がいなくなったタイミングで付き合うぜって言ったら希咲の居場所がなくなる気がして」
「夏香、あんたもそこ弱いの。はー、これだから進まないわけだ。夏香、あんたが希咲の一生の居場所になってあげればいいじゃない」
「ちょ、簡単に言うなよ。簡単に言うなよ。遠くなったからって簡単に言いやがって、はあ、わかった」
夏香が撫でてくれていた手を止める。
やめないでほしい、と思った。
その瞬間、夏香が私に両手を回す。
全身が夏香で包まれる。
「親友をいないのはお互い寂しいけどさ、俺、希咲の居場所になるよ」
耳に近い。息が当たる。
言葉を理解するより前に、血流が速くなっていく。
「いいかな」
優しい声。いつも不器用な、お調子者のできる最大限の優しさだろう。
私は夏香に抱き締めれる。
嫌じゃない、嫌じゃないけど、恥ずかしい。
恥ずかしいけど、嫌じゃない。
「うん、よろしく、お願いします」
親友はいなくなったけど、親友になろうとしてくれた人もいたけれど、最初からずっとそこにあった大切にどうして気がつかなかったのだろう。気がつかないことで大切にしているつもりだったのだろう。
「二人でイチャイチャするなら、私切るよー」
「ちょっと、待てよ。最後だぞ、多分、今日。こうするのが一番だろ」
夏香は私の手に自分の携帯を握らせて、空いた方の手を握った。
変なところにマメのある、手だってはじめて知った。
「ちょっと歩こうぜ」
夏香が手を引いて歩き始める。
それは彼氏らしくて、もう片方の手には元親友。

私が親友だって思っていても向こうがそれを思ってくれてないと私たちは親友じゃない。

私たちは確かに親友だった、でもそれは形を変えていってしまう。それに抗うことはとても苦しくて、抗わなくても苦しくて、どっちが苦しいか苦しんでみないとわからない。
たくさん、苦しんだ。
心臓は鳴り止まないし、言われたことは胸に突き刺さっているけれど、今日はいい。
今日はまだ二人とも親友だと思ってもいいよね。
明日から彼氏で、明日から喧嘩して別れた幼馴染でもいいからさ。
今日は昔のように三人で手を繋いで、少しだけ歩かせて。
昔から、背の変わった二つの影は、寄り添って、陽炎がたまに影を三つに見せてくれた。

このままでいいのに、ここのままでいられないから、どうして僕らは親友になれない。
OSZAR »